園長先生からの言葉
祖父江逸子の戦争
終戦記念日、次の朝
録画しておいたNHKの『銃後のまもり』を観ながら
思い出した祖母のこと
「惨めったらしいのが一番嫌。戦争は、綺麗なものを綺麗と言うことも、美しいものを美しいと声に出すこともできなくなる。みんな、ドブネズミみたいな色に染められて、顔を上げることすら許されなくて、下向いて…頭下げて、ペコペコして…
惨めったらしい、戦争なんて大嫌いよ」とこの時期、その時の映像がテレビに出ると直ぐに消していた。
祖母は文学少女あがりで
西帰するまで、たくさんの本を読み、多くの作家に目を向けていた
谷崎潤一郎
私が
男を虜にする。という言葉を初めて覚えたのは谷崎潤一郎の『痴人の愛』
そのあと、お約束どおりに『細雪』を読んだ。
何時も、きゃあきゃあしている私達三姉妹は、大人になったら、
其々、恋をし色んなものを抱え、
自分の道を歩いて行くのだとなんだか切なくなった。
その『細雪』を読んでいる時、祖母が教えてくれた。
『細雪』は最初中央公論に発表されたの、でも、軍に戦争文学ではないと、連載を止められたの。戦争は、文学も美しい世界も綺麗な着物も奪うのよ。
お祖母様は戦争なんて大嫌い。
本を読み、知らない世界を想像する。本からの知識で世界を広げる。そのことすら、戦争は許さなかったことを祖母から教えてもらった。
「『細雪』が、戦後、婦人公論で連載を再開した時、祖母は戦争が終わったことを確信したの。やっと、たくさんの本が読める。やっと言葉が自由に使える」
言葉まで奪う戦争。
16日朝に。
終戦記念日
終戦記念日です。
きっと、日中は、御盆参りでバタバタして、それを感じるより、先にこなさなければ、やらなくてはいけない勤めがあるから、朝の今に感じたことを。
力を持つ事は必要です。
でも、それは、その人の成し得てきた道程の力の事。
戦争を避ける力とは何なのか。
他者を抑圧する力は相手がそれ以上の物をもったとき、
必ず崩れるから、
間違いなく、
もっと、もっとと、
お互いが競い合う。
戦争を避けるための力は、防備なのだろうか。
防備のために武器を持ったらどうなる?
美しい帯を手に入れたら、その帯を身につけたくなる。
素晴らしい茶碗を手にしたら、その茶碗でお茶が飲みたくなる。
機能の良い車を手に入れたら運転したくなる。
手に入れたものは、その物が持つ全てを知りたくなる、使いたくなるのは当たり前の事だ。
武器を持ったら最後、
必ず使いたくなる。
武器は全てを破壊する物。
平和を願う物が武器など、持ってはならない。
時代の流れだからと、世の中の所為にしたくない。
世の中に抗えない小さな自分だと、
重々承知でも、
私は戦争は嫌だと、
私は武器など持ちたくないと、
声高らかに、
伝え続ける。
大きな歴史のうねりの中で、不条理に流されたくない。
それぞれの私の、
小さな一人一人の願いこそが
平和に結びつくと信じている。
タイトル無し
保護者の皆様へ
この度は、ご心配をおかけしてごめんなさい。お疲れは出ていませんか。お大事になさってください。
いつからでしょう
あれがしたい
こうなりたい
こうしたい
という希望が、
こうなってはいけない
これをしてはいけない
と
悲しいことが起きないように
辛い思いをしないように
と、否定に変わってしまったのは。
コロナウィルスという言葉を耳にするようになって一年
この一年
何がありましたか
何をしましたか
「何もしていない」
そんなことは無いはずです。
狭められた環境のなかで、お子さんと向き合い、
先の見えない不安の中、お子さんと手を繋ぎ、
大切なお子さんを守ってきたのは、みなさんです。
大事な存在がいて、その存在とともに歩む事を「育つ」と呼びます。徳風幼児園の大切な約束は「ともに生き、ともに育つ保育の実践」です。
みなさんが、お子さんを大事におもうように、職員ひとりひとりが、ひとりひとりの園児全員を大事に大切に願っています。
限られた環境は、まだまだ続くでしょう。
難しい課題も、増えるでしょう。
けれど、私達徳風の職員は、悲観などしません。
なぜなら、育つとは、成長だからです。成長とは、留まらずに進み続ける事です。
お子さんの姿は、去年の冬より、今年の春より、夏より、秋より、成長しています。
その成長していく姿がある限り、ともに育つ徳風は希望へと進み続けます。
もちろん、人間のすることですから、完璧ではありません。
けれど、お子さんに対して一所懸命に取り組む意欲も姿勢も精一杯です。
今回のことで
徳風は
起こってしまった現実に立ち向かい、粛々と与えられた役目をこなすこと
不安を不満にせず
不安な今だから
何をすべきかを学びました。
そして
園児
保護者
職員
徳風幼児園を縁につながるみんなが、徳風の大切な宝であることを再認識いたしました。
この一年をふりかえり、何があったか、何をしたか…瞼の裏側に思い出の風景は浮かばないかもしれません。それで良いのです。
なぜなら、
思い出すことが
できないのは
今を精一杯に生きているからです。思い出になどできないほど今を必死に生き、今を大事に考え、今のお子さんと向き合っている証拠です。
少しの余裕ができて、立ち止まることができた時、このことが、私達の成長の糧だったと受け止めることができるはずです。
これからも
ともに生き
ともに育つ
徳風をよろしくお願い致します。
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